言語学者 アイヌ語研究 金田一京助

年譜

金田一京助の略歴

エピソード

実は辞書の編纂をしたことがない など意外なエピソードから現代にも通じる金田一の言語観まで

親友・石川啄木
アイヌ学を志したきっかけ
フィールドワークの先駆者
辞書の編纂は実は…
あの名探偵の由来は…
ユーカラ紆余曲折
アイヌを愛した国語学者…?

金田一京助と石川啄木

親友・石川啄木とのエピソード

出会い
上京
啄木の作家活動と生活
金田一京助の献身
石川啄木の夭逝

金田一京助の家族

方言の研究で有名な金田一春彦、テレビやゲームでおなじみの金田一秀穂……言語学者一家としての金田一家

金田一家の一族

金田一京助とアイヌ

生涯をささげたアイヌ研究について

アイヌ研究

名言

金田一京助がわかる名言集

名言

金田一京助と石川啄木

出会い

京助は啄木との初めての出会いを「最初の印象」として書き残している。京助高等小学校4年生、啄木は新入生。見たところ6つか7つの子供と見違えそうな可愛らしい啄木に「このでんびこ」と云うと奮然とかかってきて「赤ん坊のような子だが、馬鹿にできない手ごわい子だな」と思ったという。


啄木は、及川古志郎のような海軍の軍人になるのを望んでいたというが、京助から明星を全部借りて一気に読み、与謝野晶子らの短歌に傾倒し文学に深い関心をもつようになった。


それから金田一京助が顧問を務める短歌会・白羊会を結成。金田一、啄木のほかに「銭形平次」の原作者である野村胡堂や、後に医学博士となる小林茂雄、瀬川深、岡山不衣等が参加していた。


1901年(明治34年)12月から翌年にかけて友人とともに『岩手日報』に短歌を発表し、啄木の作品も「翠江」の筆名で掲載される。